ビヨンドSDGs官民会議 キックオフ・フォーラムReport 【パネルディスカッション② ビヨンドSDGsに欠かせないテーマ】

2027年から始まるビヨンドSDGsの議論を前に、日本はどのような貢献ができるのか。本パネルディスカッションでは、気候変動の国際司法裁判所勧告的意見から見える法的拘束力の変化や、「いのち輝く社会」という新たな社会像、民間財団の取り組みに学ぶグローバルデータ戦略とウェルビーイング、そして金融業界が直面する課題まで、多角的な議論が交わされました。登壇した専門家たちが示したのは、エビデンスに基づく科学的アプローチと、人々の心に響くビジョンという2つの軸です。世論、データ、そして事例を揃えることで、真の社会変革を実現するための具体的な道筋が浮かび上がってきました。
登壇者
久保田 泉(国立環境研究所  社会システム領域 主幹研究員)
 堂目 卓生(大阪大学  総長補佐/社会ソリューション イニシアティブ長)
 石川 善樹(公益財団法人Well-being for Planet Earth 代表理事)
 足達 英一郎(株式会社日本総合研究所  フェロー)
進行
蟹江 憲史(慶應義塾大学大学院 教授/ビヨンドSDGs官民会議 理事長)
長期的な視点で進める議論の第一歩
- 蟹江
 このテーマの議論では、エビデンスベースで進めていくことが非常に大事です。SDGs策定時も、外交官が1年半かけてエビデンスを学び、実際の交渉は最後の半年で行われました。それだけエビデンスを積み重ねることが重要です。
このパネルディスカッションでは、2075年、そして2100年まで視野を広げながら、その通過点としての2050年という話をしていきたいと思います。
まずは久保田さんに、最近気候変動に関する国際司法裁判所の勧告的意見が出された件について伺い、その後、他の皆さんの話を順番に聞いていきます。

法と科学が交差する時代へ
- 久保田
 7月23日に国際司法裁判所が公表した気候変動に関する勧告的意見で、最も重要な点は、最新の科学的知見に基づき、目標達成のために利用可能なあらゆる手段を尽くすことが国際法上の国家の義務であると述べたことです。
科学者も政策と科学をつなぐ役割を果たしていく必要があります。SDGsの成果は、国際社会が共有すべき目標を掲げて多くの主体を動かす大きな力になったことですが、目標達成は各国の自主的努力に委ねられているため、実効性の面で課題があります。
この課題を乗り越えるヒントが、国際司法裁判所の勧告的意見にあります。ヨーロッパの研究者の記事では、タイトルに『The Great Reset』とつけられたりしていて、非常に意義深い勧告的意見です。
何を目指すかという目標設定と、いかにしてそれを達成するかという、その両方の妥当性が科学的根拠に基づいて法的に問われる時代になったと感じます。
実効性を高めていくためには、科学的知見に裏づけられた国際合意を目指していく必要があります。今後科学は、各国政府や企業が義務を果たすためのプロセスが科学的に妥当なものかを評価するための物差しを提供する存在になり、市民社会がその物差しを使って政府の行動をチェックしていくことが重要です。
また重要なのは、清浄で健康で持続可能な環境を享受する権利は人権であり、すべての人権の前提だと言っていることです。日本は環境権を法律にも憲法にも書いていない少数派の国なので、日本にとって大きなインパクトがあります。
- 蟹江
 SDGsとパリ協定は双子の協定と言われていますが、パリ協定でこの勧告的意見ができたことは大きく、今後SDGsでも同様の方向性があるかもしれませんね。

互助と共感からはじまる社会のデザイン
- 堂目
 私は経済学の歴史を30年研究してきた結果、近代200年、300年で私たちがつくってきた社会がどうであったかを考えました。社会の真ん中に「有能な人」がいて、財・サービス・知識の生産に貢献する。貢献できない(と思われている)子供、高齢者、障がい者、難病患者、外国籍の人などは、社会の周辺に追いやられています。包摂と言っても、弱者が有能な人の仲間入りをするという枠組みでは、「有能な人」が中心であることは何も変わらず、弱者がエンパワーされて「有能な人」のようになるという構造です。
新しい時代、ビヨンドでは発想の転換が必要です。目指すべき社会は、助けを必要とする命を意識と制度の真ん中に置くことです。これは人間だけでなく、人間以外の生き物も地球自体も含みます。
たまたま助ける手段を持っている人は、社会の周辺にいる助けを必要とする命に共感して包摂され、助けようとすると結局は自分たちが助けられているという互助の関係があります。介護している方が、実は介護されている人から助けられているという声はいくらでもあります。昨日まで助ける側にいた人が突然助けを必要とするようになることもあれば、助けられていた人が今度は助ける側に回ることもあります。阪神・淡路大震災で被災した人たちが、東日本大震災の際にボランティアとして助けに行くのは、助けを必要としている人の気持ちが最も強く分かっているからです。こうした助け合いの物語が社会課題の現場に溢れており、すでにあるものに着目することで、それをきっかけに互助の社会をつくることができます。
そのグローバルなチャレンジが、まさしくSDGsです。誰一人取り残さないということは、取り残されている命を真ん中に考えること。私はこのための活動を2015年から始めたのです。
万博も「いのち輝く未来社会のデザイン」と言っていますが、輝いていない命、輝きを阻まれている命がどこにあるのかをまず探していくことが重要です。
2年前に、大阪大学と関西経済界が一緒になって「いのち会議」を立ち上げました。活動内容は、命の声を聞くことです。聞かないで動くと、結局取り残すことになってしまいます。アンケートを取ったとしても、本音を書いているのかどうか、また、本音を書けない人の声はどうするのか。最も難しいですが、最も大事なところです。
その声をもとに動ける人が集まって議論し、行動し、言葉に残しておく。次の世代へミッションを1000年継承するために、50回ほどのアクション、ワークショップを12のテーマで行ってきました。やることは必ずあり、それをやる人もちゃんといる。そのアクションプランをいただいて、それを土台に宣言をつくっていくのです。
「いのち宣言」の冒頭は次の通りです。私たちに与えられた かけがえのない このいのち
はかなくて 傷つきやすく 時のなかで 変わっていく
どんないのちも 輝きを秘め
すべてのいのちは つながっている
ひとつ ひとつの いのちを
まもり はぐくみ つないでいこう
秘めた輝きを ときはなとう
生きている 意味をしろう
いのちのみなもとに かえろう10月11日に、万博のフェスティバルステージでこの宣言を発表します。ボトムアップ的にどのようにつくり上げて、最初から自分ごとであるようなSDGsにできるかというつくり方も重要だと思います。

データで見える、ウェルビーイングの課題と可能性
- 石川
 2000年、九州・沖縄サミットが開かれた当時、日本の大人は本当にかっこよかったと思います。小渕首相はG7サミットで初めて保健医療をグローバルな重要課題と位置づけ、エイズ、結核、マラリアを命にかかわる最重要テーマとして取り上げました。その結果、日本が主導して社会的価値をつくり、資金の流れまでも変えることにつながったのです。
また、SDGsの目標8「働きがいも経済成長も」では、マスターカードの貢献が大きいと考えます。グローバルKPIに「ファイナンシャル・インクルージョン(金融包摂)」──つまり、すべての人が金融機関に口座を持つこと──を位置づけたのです。口座を持たない人は、まさに毎日が自転車操業です。例えば農家であれば収穫期に収入があってもすぐ使い切ってしまい、次の作付けには借金が必要になります。それは家族の健康や子どもの教育にも悪影響を及ぼします。だからこそ、口座保有率は「働きがい」「経済成長」の突破口となる指標になったわけです。
このKPI設定を主導したのがマスターカード財団です。どんなに崇高なビジョンや法律があっても、グローバルでデータがないと何にもなりません。同財団の支援で、世界銀行とギャラップが調査を行い、2011年には51%だった口座保有率が、2021年には76%まで上がりました。アフリカ南東部のマラウイ共和国では、16%から42%へと大幅に伸びています。こうしたデータによって、誰が困っていて、どこに支援が必要なのか具体的に見えるようになりました。
JICAの農業支援も、技術だけでなく口座開設を促す方向へ広がりました。これにより、開発援助資金や金融市場からお金が流れ込む仕組みが整い、現場ではVISAではなくマスターカードが途上国での存在感を強めています。
そして今、議論は次の段階へ進んでいます。G20では「ファイナンシャル・ウェルビーイング」がテーマになっています。ビヨンドSDGsの時代に向けては、どの国際機関と連携し、どのようなグローバルデータを測定するかが極めて重要です。今すぐやらないと遅いのです。ビヨンドSDGsは、2027年から国連で本格的な議論が始まりますが、それまでに官民が協力して必要なデータを整備できるかどうかが、日本からの具体的な貢献になるでしょう。
私たちウェルビーイング財団は、国際機関と協力しながら、ファイナンシャル・ウェルビーイング、食とウェルビーイング、健康とウェルビーイングなど、いろいろな分野でのグローバルデータの取得に向けて動いています。

金融と市民がつくる持続可能性の循環
- 足達
 私は1999年にエコファンドを立ち上げて以来、ESG投資に25年間携わってきました。しかし金融の世界は基本的に「お金の話」であり、結局は儲かったかどうかが評価の基準になってしまいます。サステナビリティに熱心な企業が正当に評価され、それが投資家へのリターンにつながるという明確なエビデンスは、いまだ十分に示されていません。利益以外の要素を金融にどう組み込むか、四半世紀挑戦してきましたが、依然として短期的に儲けた人が高く評価される世界なのです。金融界も一筋縄ではいかない。SDGsやESGに関して、そんなことやっている場合かという人と、いやいや大事だという人と二分されています。
重要なのは、ブラウンスチールよりもグリーンスチールを買う消費者や、問題のある企業には就職しないという若者の行動が同時に起きて、金融もそれをエビデンスベースで見て投資するというポジティブな循環です。25年間の仕事の中で感じるのは、その両輪が回っていないと金融だけが頑張ってもダメだということです。市民社会がもっと効果を出して、金融が資金をつけていく。そういう動きを高めていくことが重要です。
- 蟹江
 両輪を回すためにはどうすればよいでしょうか。
- 足達
 ポール・ポルマンのような稀有な経営者をもっと巻き込むことが一つです。ポルマン氏はユニリーバのCEOを10年間務めながらサステナビリティを語り続け、「経営はそのための手段だ」とまで言い切った人物でした。彼はもともと聖職者志望だったと聞きますが、そうした宗教的背景も影響しているのでしょう。
社会には多様なアクターが存在します。日本では官・学・産に閉じがちですが、もっと幅広い可能性があるはずです。そして大切なのは、誰もが声を上げられる雰囲気をつくること。今は異なる意見を抹殺するような空気がありますが、それでは議論は深まりません。多様な声を出し合い、その中でよいと思えるものに参加し、運動として盛り上げていく。そうした雰囲気を明るくつくっていくことが必要だと考えます。

エビデンスでつなぐ国際機関との協働
- 堂目
 エビデンスについて補足します。私の組織では、プライム市場上場の日本企業が環境や人権に対して何をやっているのか、公開データをもとにウェイトづけしてランキングを出しています。
私たちはエビデンス、エビデンスと言うけれど、買い物では価格と内容だけで判断していますよね。製品がどこの工場でつくられたか、児童労働を使っていないか、どんな素材か、廃棄後はどうするのか、そんな情報は考慮せずに消費しています。そうした情報を簡単に分かるようにすることが必要です。分かったからといって必ず買うとは限らないけれども、そこをもっと啓発していくことで、いいアイデアによって命や自然、人間を支えようとする企業がきちんと生き残れるようなマーケットをつくることは可能です。それをグローバルに広げていくのが次の段階だと思います。
- 石川
 私は、最初から国際機関を巻き込まないと意味がないと強く感じています。自分たちだけで活動してあとから提案しても、国際機関に認めてもらうのは難しい。データ収集も同じで、最初から特定の国際機関と協議し、「どんなデータをどう集めるべきか」を一緒に考えることが重要です。マスターカードやユニリーバが優れているのは、最初から国際機関と連携した点です。日本は国際機関に資金を拠出してきた実績があり、歴史的に信頼されています。だからこそ、日本からの提案は受け入れられやすい土壌があると考えます。
多様な声と歩むこれから
- 蟹江
 今後いろいろとアドバイスをいただきながら、さまざまな方と一緒にこの議論を進めていくことができると、より実りある議論ができるのではないでしょうか。
官民会議では皆さんが議論を発する場として、これからもいろんな考えを出していければと思います。

写真:藤井 泰宏
 取材:インプレス・サステナブルラボ「SDGs白書」編集部
 グラフィックレコーディング:根本 清佳(GREAT WORKS)