第2回ビヨンドSDGs官民会議 フォーラムReport 【インプットトーク「ビヨンドSDGs ─ 目標やターゲットを考えるための視点」】

Report
2026.03.30

午前の部のセッションでは、午後に予定されている6つの分科会での議論に向け、ビヨンドSDGsの目標やターゲットを検討するための視点を提示するインプットトークが行われました。気候変動と社会経済の関係、シナジーとトレードオフ、教育と公正、障害と人権、大阪・関西万博の経験などをテーマに、学術界を中心とした5人の専門家が、それぞれの立場から多岐にわたる論点を示しました。

気候変動問題の構図から考える科学と社会をつなぐ枠組み
高橋 潔(国立環境研究所 社会システム領域 領域長)

本稿で提示するのは、「ネットゼロ目標と持続可能な開発目標(SDGs)の同時達成」がいかに可能かを検証した研究成果に基づく展望です。その出発点は、気候変動が単なる排出量の問題にとどまらず、将来の人口動態、経済成長、技術進歩といった社会経済的な開発経路と不可分であるという認識にあります。こうした社会経済的な前提条件は、排出量を規定するだけでなく、気候変動の影響を受ける社会の脆弱性をも左右します。例えば、経済や制度が整備されれば適応能力は高まりますが、貧困やガバナンスの欠如が続けば、たとえ同じ気候変化であっても被害は拡大してしまいます。つまり、排出削減と社会開発は同時に設計されなければならないのです。
排出シナリオの分析によれば、高排出が続いた場合、今世紀末に4〜5℃の気温上昇が起こり得る一方、排出削減を徹底すれば1.5℃水準に抑える経路もなお残されていることが示されています。ただし、そのためには2050年前後のネットゼロ達成が必要であり、エネルギーシステムや産業構造、さらには個人の消費行動に至るまで、大規模な社会変革が不可欠です。気候変動対策は、技術的対応だけでは不十分であり、価値観や社会制度の転換を伴います。
また、今回の研究では、気候変動対策と他のSDGsとの関係を、シナジー(相乗効果)とトレードオフ(相反関係)の両面から検証しました。排出削減は、低緯度で経済的に脆弱な地域や将来世代への影響を抑え、地域間・世代間の不公平性を緩和する大きな効果を持ちます。一方で、トレードオフも存在します。例えば、バイオマスエネルギーの拡大は農地と競合し、食料価格の上昇を通じて飢餓リスクを高める懸念があります。また、土地利用の転換が生物多様性の保全と衝突する場合も考えられます。したがって、気候対策を強化する際には、再分配政策や食料支援、生態系保全策などをセットで組み合わせる重層的な設計が不可欠です。
さらに、食料システムの転換のように、複数目標に好影響をもたらす可能性も見えてきました。環境負荷の小さいタンパク源への転換は、気候対策や健康改善、資源効率の向上に寄与し得ます。ただし、その実現には地域ごとの文化や経済条件への配慮が必要であり、世界一律の解決策を押しつけるのではなく、各地域に即したアプローチが求められます。
結論として、ビヨンドSDGsの設計には、複数目標の相互作用を定量的に評価する「科学的基盤」と、どの目標を優先し、どのトレードオフを受け入れるかという「社会的価値判断」の統合が不可欠と考えています。科学モデルは必要条件を示しますが、最終的な選択は社会の責任に委ねられています。自然科学と人文社会科学が密接に連携し、科学と社会をつなぐ強固な枠組みを構築していくことが、今まさに求められているのです。

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シナジーを最大化し、トレードオフを可視化・緩和する構造へ
滝本 葉子(慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任助教)

本フォーラムでは、SDGs間のシナジーとトレードオフという観点から、ビヨンドSDGsを考える視座を提示します。複数の国際報告書や研究は、SDGsを個別の目標として追うだけでは不十分であり、目標間の相互作用を前提に設計しなければ達成は困難であるという事実を突きつけています。GSDR(持続可能な開発に関するグローバル・レポート)やIPCC(気候変動に関する政府間パネル)、UNEP(国連環境計画)などの分析によると、明確な共便益が存在する一方で、見落とされたトレードオフが各所に潜んでいるのが現状だと言えます。
こうした背景を踏まえ、私たちは具体的にどのような領域で、この複雑な相互作用をマネジメントしていくべきなのか。その核となる論点を、大きく6つの側面から考えていきます。
第一の論点は、持続的で公正な経済のあり方です。デジタル化や再生可能エネルギー、EVの普及は、経済成長と脱炭素を同時に促進する明確なシナジーを生みます。しかしその一方で、リチウムやコバルトなどのレアメタルの需要急増を招き、採掘地域での水質汚染や健康被害を引き起こしています。グリーン経済の拡大が、特定地域への負担集中を強いていないか、厳しく問い直す必要があります。
第二に、エネルギーの脱炭素化が挙げられます。再生可能エネルギーの拡大は、エネルギーアクセスの改善という重要な利益をもたらしますが、同時に蓄電池や送電網、デジタル制御などに要する新たな資源制約を生み出します。脱炭素政策そのものが、新しい相互作用を生み出すという視点を持つことが不可欠です。
第三は、持続可能な都市の構築です。コンパクトシティ化は効率化と低炭素化を促しますが、不用意な都市拡張は周辺部の農地転用や生態系劣化を招く恐れがあります。都市内部のシナジーが、周辺地域のトレードオフとして顕在化しないような制度設計が求められます。
第四の論点となる地球コモンズの保全についても、自然保全が防災や地域経済に寄与する一方で、土地や資源の利用に制約を伴うという側面があります。この保全コストを、誰がどのスケールで負担すべきなのかという、具体的な制度設計が欠かせません。
第五に、人々のウェルビーイングの向上です。教育や医療の充実は経済の活性化につながりますが、その結果としての消費拡大や資源需要の増大が、環境負荷を高めてしまう可能性もあります。人間の能力拡張を、自然環境の劣化に依存しないかたちでいかに実現できるかが問われます。
最後に、これらを統括するガバナンスの課題です。トレードオフを制御しきれない背景には、縦割り政策や短期的な成果志向、そして将来世代への配慮不足があります。分野横断的かつ時間軸を含めた統合的な設計が不可欠です。
SDGsは今、単に目標の達成を目指す段階から、目標間の相互作用そのものを設計する段階へ移行しています。ビヨンドSDGsでは、シナジーを最大化し、トレードオフを可視化・緩和する構造設計こそが核心になると考えています。

「技術」「制度・規制」「教育」の三位一体アプローチによる構造転換
北村 友人(東京大学大学院 教育学研究科 教授)

本フォーラムでは、ビヨンドSDGsを考えるうえで重要となる視点についてお話しします。私の専門は持続可能な開発のための教育(ESD)や市民性教育ですが、今回は「トレードオフ」と「公正さ」という観点から考えてみたいと思います。
まず、トレードオフとは何か。例えばプラスチック問題が挙げられます。プラスチックは環境負荷の象徴として語られますが、私たちの生活、特に食品流通などを支える不可欠な素材でもあります。単に「つくらない・使わない」と否定するだけでは現実的ではありません。重要なのは、「いかに管理し、処理するか」という点にあります。途上国における海洋汚染の主因が廃棄物管理の不備にあるように、真の問題は素材そのものだけでなく、それを取り巻く社会制度や価値観にあると考えています。
SDGsの構造は、人間の持続可能性、社会の持続可能性、そしてそれらを取り巻く環境という三層構造で捉えることができます。貧困や教育、ジェンダーといった人間の基礎的課題は今後も続くでしょう。しかし、ビヨンドSDGsの革新は、その基盤となる社会や環境をどう再設計するかにあります。
日本でSDGsが広がった背景には、「自分ごと」という概念があります。地球規模の課題を他人事ではなく自分ごととして捉えること。それは単なる道徳ではなく、人は他者のために行動した時により幸福感を得るという心理学的な知見と結びつきます。ウェルビーイングの本質は、利他的行動と無縁ではないのです。また、公正さの考え方も重要です。よく知られた「野球観戦の絵」が示すように、全員に同じ踏み台を配る「公平」と、必要に応じて配分を変える「公正」は異なります。しかし、それでも構造が変わらなければ、誰かが踏み台を使わなければならない「構造」そのものを変える発想が必要になります。高い台を配るのではなく、フェンスそのものを視界を遮らない金網に変える ─ 誰かに負担を集中させる仕組みを脱し、構造から設計し直すことこそが、ビヨンドSDGsの目指すべき方向性ではないでしょうか。
そのためには、技術(Engineering)、制度・規制(Enforcement)、教育(Education)を組み合わせた三位一体のアプローチが不可欠です。例えば、日本の交通安全がこの50年で大きく改善したのは、この「3E」を組み合わせたからです。気候変動や持続可能性の課題も同様に、技術革新だけでなく、制度設計と文化・意識の変革を同時に進める必要があります。さらに、これからの研究の在り方も問われます。専門家だけでなく、市民や多様な主体を巻き込むトランスディシプリナリーなアプローチが必要です。ビヨンドSDGsは、目標を再設定する作業であると同時に、参加の仕組みを再設計する作業でもあるのです。
SDGsは今、目標達成の段階から、構造転換の段階へと移行しています。一人ひとりが自分ごととして想像力を働かせ、誰かに負担を押しつけない制度を設計できるかどうか。それが次なる時代の持続可能性を左右することになるだろうと考えています。

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誰もが社会の「担い手」になれる未来へ
織田 友理子(認定NPO法人WheeLog代表理事/NPO法人PADM代表理事)

本フォーラムでは、障がい当事者の立場から、「福祉から人権へ」という視点でビヨンドSDGsについて考えたいと思います。私自身は中途障がい者で、現在は手足が動かず、常に介助が必要な生活を送っています。しかし、その立場だからこそ見える社会の課題があります。
2017年にリリースした「WheeLog!」は、車いすユーザーをはじめ、誰もが外出しやすくなるよう、みんなでバリアフリー情報を共有するアプリです。「あなたの『行けた』が、誰かの『行きたい』に」を合言葉に、走行ログやスポット情報を集めています。障がいがあっても、情報を発信することで社会に貢献できるという実感は、私にとって大きな転機となりました。
SDGsが掲げる「誰一人取り残さない」という言葉を初めて聞いた時、私は正直、自分は「助けられる側」に位置づけられているのではないかと感じました。しかし、本当に目指すべき包摂性とは、単に支援の対象となることではなく、誰もが社会の「担い手」になれることではないでしょうか。
これまで日本のバリアフリーは、主に福祉の文脈で語られることが多く、「できれば配慮する」という発想にとどまってきました。しかし、自由に移動し、社会に参加することは、本来「人権」そのものです。新築の店舗に段差が残されていたり、経済合理性を理由にスロープ設置が拒まれたりする現状は、社会の制度設計がまだ人権基準に達していないことを物語っています。
段差のない社会は、車いす利用者のみならず、高齢者やベビーカー利用者、さらには自動配送ロボットなど、あらゆる主体に利益をもたらします。つまりバリアフリーとは、特定の人への特別措置ではなく、社会全体の持続可能性を支える基盤整備なのです。
また、経済合理性と人権は決して対立する概念ではありません。むしろ、経済成長と技術革新は、障がい者の生活環境を劇的に改善する可能性を秘めています。だからこそ日本は、経済合理性の定義を拡張し、人権の視点を組み込んだ「ビヨンドGDP」のモデルを世界に示すべきではないでしょうか。
ビヨンドSDGsは、単に目標を更新する作業ではありません。誰かを「守られる存在」にとどめる社会から、誰もが「社会をつくる存在」へと移行するための、抜本的な意識の転換です。福祉から人権へ。この発想の転換こそが、次なる時代の持続可能性を支える揺るぎない基盤になると確信しています。

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大阪・関西万博の経験に学ぶ動的な問いへのプロセス
宮田 裕章(慶應義塾大学医学部 医療政策・管理学教室 教授)

2025年の大阪・関西万博は、ビヨンドSDGsに向けた壮大な社会実験の場となりました。その中核にあったのが「テーマウィーク」という枠組みです。これは、SDGsを尊重しつつも、17目標をそのまま提示するのではなく、未来への問いとして再構成する試みでした。万博は単に「答えを見る場」から、「未来をどう描くかを考える場」へと転換したのです。閉会式で掲げられた「For the Futures」という言葉が示すように、多様な未来を想像し、それを自分ごととして引き受ける構造がそこに意図されていました。
設定された7つのテーマは、SDGsを超える視座を提示しています。第一の「地球と生物多様性」では、カーボンニュートラルを目的ではなく手段と捉え、その先に100年単位で地球とどう共生するかという問いを置きました。人間中心主義を超え、ポストヒューマン的視点から命のつながりを捉え直す視点が必要とされています。第二の「ヘルスとウェルビーイング」では、高度医療や治療中心の発想から、日常の中で自然に健康を育む社会への転換が示されました。障がいや疾患があっても人生の可能性が閉ざされない、包摂的な設計が不可欠です。
第三の「平和と人権」は、経済合理性の外側に置かれがちな領域こそが持続可能性の基盤であることを再認識させました。主催国自身が課題を認め、学ぶ姿勢を示すことが重要としています。第四の「学びと遊び」では、生成AI時代において、知識の習得だけでなく、価値を創造する力や好奇心を育む教育への転換が求められていることが示されました。
第五の「食とライフスタイル」では、生きる行為はすでに地球規模の連鎖の中にあり、食や文化を通じて、歴史や地域の記憶に根差した持続可能性を再発見する視点が示されました。第六の「コミュニティ」では、都市が固有のアイデンティティを軸に未来と接続する重要性が語られ、第七の「文化」では、文化を保存対象ではなく、未来を切り拓く原動力として位置づけ直しました。一人ひとりの生きがいや輝きこそが、持続可能性の核心なのです。
万博が提示したのは、静的な目標ではなく、未来を共に見上げながら動的に問い続ける「プロセス」でした。大屋根リングの下で多様な国々が空を見上げた体験は、「多様にして一つ」という理念を象徴しています。ビヨンドSDGsとは、目標を更新することではなく、未来を共創する「構造」そのものを転換することだと考えています。

写真:渡 徳博
取材:インプレス・サステナブルラボ「SDGs白書」編集部
グラフィックレコーディング:谷古 清佳(GREAT WORKS)