【第3回ビヨンドSDGs官民会議フォーラム】分科会サマリー|分科会1「人間の健康、福祉、能力の開花」

はじめに
分科会1では、「人間の健康、福祉、能力の開花」をテーマに、ビヨンドSDGsに関する検討を行っています。第3回フォーラムに向けて、SDGs策定・交渉に関与した有識者へのインタビューおよび多様なステークホルダーを対象としたアンケート調査を実施しました。インタビューでは、SDGs成立の背景、多国間主義の意義、ポストSDGsにおける課題等について意見を聴取しました。またアンケートでは、障害者、子ども・若者、高齢者、LGBTQ+、ジェンダー、貧困、人道支援、平和・軍縮、保健医療、地方創生等の分野で活動する関係者から意見を収集しました。この成果をベースに、第3回フォーラムでは、SDGsの成果と限界、2030年以降に引き継ぐべき理念、新たに盛り込むべき価値や課題、実施手段およびガバナンスについて活発な議論が行われました。なお、分科会1は参加者が多いことから、十分な参加と意見表明・討議の機会を確保するため、4つの班を設置して討議を行いました。本報告書は、それらの議論を統合し、①現状の課題認識、②ありたい社会の方向性、③目標のあり方、④実施手段・ガバナンスの4つの観点から整理したものです。
1.現状の課題認識
(1)SDGsは認知拡大に成功したが、本質的理解には至っていない
アンケートおよびすべての班の議論に共通していたのは、SDGsは社会に広く浸透したものの、その理解や実践には課題が残されているという認識でした。
学校教育への導入や企業での活用により、SDGsは日本社会において高い認知度を獲得しました。特に若い世代にとっては、社会課題を考える際の基本的なフレームワークとして定着しつつあります。また企業や自治体においても、サステナビリティや社会課題への関心を高める契機となったことは大きな成果として評価されました。
一方で、多くの参加者は、SDGsがアイコンやスローガンの普及にとどまり、社会変革や価値観の転換につながっていないと指摘しました。アンケートでは「記号化」「イベント化」「SDGsウォッシュ」といった言葉も用いられ、企業では自社事業をSDGsに結びつけること自体が目的化しているとの批判も見られました。
(2)人権と平和をめぐる状況は後退している
2015年のSDGs採択当時と比較して、世界は大きく変化しています。
アンケートでは、自国優先主義の拡大、多国間主義の後退、排外主義の台頭、武力紛争の増加等が主要な変化として指摘されました。特に平和や法の支配をめぐる環境は悪化しており、SDGs目標16「平和と公正をすべての人に」は十分実現されていないとの認識が共有されました。ウクライナやガザをはじめとする紛争の長期化、軍事費の増大、人道法や国際法の形骸化に対する危機感が示され、またジェンダー平等や「多様性・公平性・包摂性」(DEI)をめぐる揺り戻し、人権意識の後退、マイノリティの人権の確立に対する反発なども課題として挙げられました。
(3)ウェルビーイングや能力の開花が十分に扱われていない
SDGsは貧困や教育、環境等の課題解決に大きな貢献をした一方で、人間の幸福や能力の発揮といった側面については十分に扱えていないという問題意識が共有されました。幸福感、生きがい、創造性、文化的豊かさ、人とのつながりといった価値は、既存の指標では把握しにくいのが実情です。また、日本社会では孤立、生きづらさ、精神的な不調などが深刻化しており、経済成長や物質的豊かさだけでは説明できない課題が顕在化しています。一方で、「ウェルビーイング」という言葉そのものについての定義は必ずしも共有されておらず、その社会的な意味づけを明確に整理する必要があるとの意見も示されました。
(4)人工知能(AI)の導入への対応が求められている
有識者インタビューおよび各班の議論では、AIやデジタル技術がもたらす変化が重要な論点として取り上げられました。生成AIやSNSは大きな可能性を有する一方で、誤情報の拡散、民主主義への影響、人間性の希薄化、軍事利用などのリスクも伴います。2015年のSDGs策定時には十分想定されていなかったこうした課題に対し、次期国際目標は対応する必要があるとの認識が共有されました。
2.ありたい社会の方向性
(1)人権と平和を基盤とする社会
分科会全体を通じて最も強く共有されたのは、人権と平和をあらゆる目標の基盤に据えるべきという考え方です。
「誰一人取り残さない」という理念は、SDGs最大の成果の一つとして評価されました。今後も障害者、子ども、女性、性的マイノリティ、高齢者、貧困層などを含むあらゆる人々の尊厳と権利を保障する社会が目指されるべきであるとの主張が賛同を集めました。
また、健康や福祉、能力開花の前提として平和を位置づけるべきとの意見も多数示されました。
(2)ウェルビーイングを中心に据えた社会
ウェルビーイングは、今回の議論を通じて最も重要なキーワードの一つとなりました。ただし、それは単なる主観的幸福ではなく、人間の安全保障、社会参加、文化活動、人とのつながり、将来への希望などを含む総合的な価値として捉えられています。個人だけではなく、社会全体のウェルビーイングへと視野を広げるべきという点でも認識が一致しました。
(3)子どもと将来世代を中心に据える社会
能力の開花というテーマに関連して、子どもや若者を中心に据えるべきとの意見も数多く出されました。家庭環境や所得状況に依存せず、学び、遊び、文化、自然体験、社会参加の機会をあらゆる子どもに保障することが重要であるとする考え方が提唱されました。また能力の開花を本人の努力や自己責任に帰するのではなく、社会がその条件を整備するべきであるとの考え方も共有されました。
(4)自然との共生を実現する社会
人間中心主義を超えた「プラネタリー・ウェルビーイング」の考え方も提起されました。人間を自然から切り離して考えるのではなく、人間も生命システムの一部であるという認識に立ち、生物多様性や地球環境との共生を実現する社会を目指すべきであるとされました。
3.目標のあり方
(1)SDGsを継承・発展させる
事前アンケートでは、ポストSDGsについて、「SDGsを参照しながらも時代に合わせて見直し、新たな目標として策定し直したほうが良い」という意見が7割、「2030年の時点で必要な新たな課題を加えたり、不必要となった課題を削除するなどのマイナーチェンジを行いつつ、SDGsを延長すれば良い」との意見が3割でしたが、各班の議論では、全面的な目標の作り直しよりも、既存のSDGsを基盤として発展させるべきとの意見が多数でした。2030アジェンダや17ゴールは長年の国際交渉によって形成された重要な資産であり、その認知度や社会的蓄積を活かすべき、また国際合意を失うリスクを避けるべきとの考え方が共有されました。
(2)理念を再び中心に据える
今後はゴールやターゲットそのものではなく、人権、「誰一人取り残さない」、「5つのP」*1、統合性、相互関連性をより明確に打ち出す必要があるとの意見が多数示されました。
*1 「5つのP」:SDGsを含む「持続可能な開発のための2030アジェンダ」で定義された概念で、People(人間)、Planet(地球)、Prosperity(繁栄)、Peace(平和)、Partnership(パートナーシップ)の5つにより構成される。
(3)新たな課題を組み込む
ポストSDGsでは、AI、情報空間、レジリエンス、芸術・文化、将来世代への責任、社会的包摂・つながりなど、2015年には十分認識されていなかった課題への対応が必要であるとの意見が示されました。
(4)「ビヨンドGDP」の視点
経済成長だけではなく、「ビヨンドGDP」の視点を取り入れ、主観的幸福、社会的つながり、格差、環境負荷、社会関係資本を評価する新たな指標体系の必要性も提起されました。
4.実施手段・ガバナンス
(1)適応的ガバナンス
コロナ禍、AIの急速な発展など、2015年段階では十分に想定できなかった課題の存在は、固定的な15年計画の限界を示しており、2045年前後までの長期ビジョンを掲げつつ、3~5年ごとのレビューによって目標や手法を柔軟に見直していく適応的ガバナンスが必要であるとの認識が共有されました。
(2)多主体型ガバナンス
インタビューでは、SDGs交渉が国家だけでなく市民社会を巻き込みながら形成された意義が指摘されました。今後は国や国連だけでなく、NGO/NPOなど市民社会、企業、自治体、教育機関や協同組合・労働組合などの多様な社会セクターが対等な主体として参画する多層的ガバナンスの仕組みが重要になるとの認識が共有されました。
(3)教育と能力開花を支える社会へ
教育は引き続き重要な実施手段ですが、単なる知識習得ではなく、人権、平和、文化、自然とのつながりを理解し、主体的に行動できる力を育てることが求められます。また、個人への責任転嫁を避け、一人ひとりが能力を発揮できる環境を社会全体で整えることをガバナンスの中心に据えるべきであるとの考え方が共有されました。
総括
分科会1では、第3回フォーラムを含む、これまでの議論や調査などを通じて、「人権と平和を基盤に、個人だけでなく社会全体のウェルビーイングを実現し、すべての人が能力を開花できる社会を目指す」というポストSDGsの方向性が示されました。また、これを実現するためには、単に2030年にSDGsを新たな目標体系に切り替えるといったことではなく、SDGsの理念とこれまでの成果を継承しながら、人権・平和・ウェルビーイングを中心原理として、人間の幸福、社会的包摂、文化・地域・自然とのつながり、AIが相当の役割を担う時代への対応を統合的に捉え、多主体による協働と適応的なガバナンスのもとで、「認知と普及」の段階を超えて、「持続可能な社会」の実現に向けた社会変革を実践する段階へと移行していくことが求められている、との認識が共有されました。